2018/05/02
今は、陰宅風水研究家の鷹觜夕月も、風水墓ユーザーの一人です
私の場合、非常に幸運なことに父が風水墓を建立してくれました。
でも、もともと先祖代々の立派なお墓はあったのです。
父が最も気を使ったのは、古くて立派な墓を造ってくれた「三代目(私から見て祖父)」の気持ちでした。
石職人である親の作ったお墓を否定する事は出来なかった為、法事のタイミングを待って、話を切り出したのでした
*風水と出会う前と後(夕月のエピソード)*
栃木県日光市にある石材店「株式会社新日本石匠」の五代目に産まれる
2人姉妹の長女。7歳年の離れた妹の前に、子が居たが流産で亡くなった事を知る
お墓参りをしている時、祀ってある水子地蔵の前で母が話してくれた。
両親(四代目)は共働きで、家でも喧嘩ばかりだったから、「石屋」という仕事が大嫌いだった
大人は、なぜ石を買いたがるのか?不思議であった。
正直「お墓なんて、くだらない」とまで思ってた
価値が理解できないものは、全部「くだらない」と思うような、心の貧しい子供であった。
怒りっぽいのに、冷めていて、感謝とか、感動とかの感覚が無く、意味が分からなかった。
家業から逃れ、自由を手に入れる事を目標に生きてきた。
協調性はゼロ。人間関係が苦手で、自己中心的な考え方。
友達もいらなかった。一人でいたかった。だから高校卒業をきっかけに上京した。
経理の専門学校を卒業して、親に相談もせずに、東京で就職を決めた。
やっと一人になれる!自由になれる!と思っていた。
念願の一人になったのに幸せを実感できない。仕事も頑張ったが、目標を達成してもむなしく、心が折れて転職をする。
自分でお金さえ稼げるようになれば、自由で幸せになれると思ったのに!何か違う…。
そして、転職先の上司と婚約するが、相手がすい臓がんで亡くなってしまう。もう人生どん底。自殺も考える。
その頃実家では、「父が、立ち上げた墓石販売の会社を手放し、やり直している。手伝いに戻ってきてほしい」と母から連絡が入る まだ両親は喧嘩ばかり、でも父が新しく取り組んでいる「風水墓」という墓石を見た時、初めてお墓に好意を持った。
そして、松永先生の「風水墓の秘密」を読むと「その通りだ」と思う事が詰まっていた
実際、「黒御影のお墓は癌になりやすい」と書かれてあり、すい臓がんで亡くなった彼の墓は真っ黒の御影石であった。
雨の日に、骨壺のままで納骨したのを覚えている。足元はぬかるみベタベタ。
彼の両親も、健康とは言えなかった。
そして、この時気付いた事が、その後の人生を大きく好転させていくのでした
「お墓って、けっこう人生に影響するのかな?」
彼の死から、なかなか立ち直れなかった。
その理由は今だからわかるが、「彼の死後何もできなかったから」だ
結婚をしていなかった為、仏事や供養に関われる立場にいなかった。
一般の参列者として手を合わせるしか出来ず、 法事にも参加できなかった。
(法事が行われたのかもわからない)彼に申し訳なかった。
彼の実家では、二十代の私が再スタートを切れるように、気を使って立ち会わせなかったのだと思う。
気持ちの行き場がなく、どうにもならない日々であったが、父が修行を勧めてくれた
風水墓の本を書かれた「松永修岳先生」に弟子入りする事になり、「夕月」と得度名を頂いた。
先生は、昔醍醐寺の僧侶であった為、真言宗の作法を学んだ。お坊さんになるための修行ではなく、自己啓発を目的とした修行であった
作法を学んでは、自宅で修行をするという事を何度か繰り返し、亡くなった彼の冥福を祈る事が出来た。
涙も沢山出たし、やれるだけやったら気が済んだ。
亡くなった彼に対する罪悪感が、感謝に変わって行った。
気持ちの整理がついたら、猛烈に仕事がしたくなった。
「気が済むまで、愛する者の供養をすると、猛烈に力が湧いてくる」それを20代で経験できたのは、ある意味幸運だ。
少なくとも、彼の死を意味あるものにしたいと思ったし、それは私の今後の生き方に掛かっていると感じていた。
お墓を良くする事で、ひとの幸せに貢献出来るなら、やるしかない。
陰宅風水で世の中に貢献することが、自分の使命だと思った。夢中で全国走り回った。
気付けば、私が初めて風水墓を見てからもう14年になる。今では結婚し、2人の愛する息子にも恵まれた。
風水墓の仕事で、お客様と接するうちに、心の中に「感謝・感動」という感覚がわかる人になっていた。
出産をして、先祖や親への感謝も芽生えた。産んでもらえて良かった。
「お母さんが、あんなに命がけで産んでくれたなんて知らなかった!ありがとう!」
自分で産んでみてやっとわかった事が多すぎて驚く。
親孝行・先祖供養したいと思える私になった。先祖の為に、良い墓石を建立する気持ちが理解できる。
今後の目標は、あと十数年後に100回忌を迎える初代の為に、鷹觜家の「宝篋印塔」を天地石で造る事だ。楽しみである。
誰かが、「自分の心が幸せでいっぱいになって、その幸せがあふれ出た時に、他人の幸せに貢献できる」と教えてくれた
陰宅風水は、私を「他人を幸せにできる人間」へと成長させてくれた。両親も喧嘩をしなくなっていた。
「いつ死んでも良い」と本気で思っているような、性格の悪い女の子が、陰宅風水のおかげで「幸せなお母さん」になった。
私にとっては奇跡なのです。自分を「幸せな人だ」と思える。潜在していた能力が開花したと感じるのです。
人間に産まれただけでもすごいのに、心が幸せいっぱいなんて、相当奇跡だと思いませんか?
この長文を読んでくださった「あなた」や「あなたのたいせつな人」の心にも、この奇跡を起こしたい。
陰宅風水の技術をもって、貴方の潜在能力の開花をお手伝いしたいと思っています。
メールや電話で、あなたの体験や、苦しんでいる事など、教えてください。